《言う者は知らず知る者は言わず》 PDCAを回せだとぉ? その3
前回と前々回と,PDCAでは管理しにくい現場にそれを持ち込もうとする無茶なPDCA趣味者を批判してきました。
「嫌味のあるものに美しいものはない」 と夏目漱石先生もおっしゃいますので,今回でPDCAについては一応の区切りにします。
今回は,デミング博士の理念がいかにPDCA趣味者の考えと異なるかについてご紹介するとともに,無茶な人たちへの対処について少しだけ提案をいたします。
《目標の転移》
きっとPDCAサイクルが提唱された当時,そこにはデミング博士の経営理念に対する理解が十分にあったのだろうと思います。
しかしその後,PDCAが問題解決の万能特効薬のようにもてはやされはじめ,その音頭に乗っかって多くの人たちが踊らされるようになったころには,デミング博士の名前がボンヤリ残っただけで,すでにその思想の深遠を語る人はいなくなってしまったようです。
本質的な理念が忘れ去られて手段が独り歩きしたんですね。
PDCAなんて単なるツールでしかないのに,それをゴールにしてしまったという・・・。
”目標の転移” と呼ばれています。
《見えない仕事はなかった仕事》
そんななか,いまだに ”PDCAを回せ” と大声で叫ぶひとたちに決定的に欠けているのは,
◆その組織で実際に仕事をしているのは,傷を負えば痛みを感じる ”生身の人” なんだ
ということへの想いです。
命令されたことをこなす人数ではなく,その仕事に誇りを持ってやろうとする人をいかに増やすかを考えずに組織管理などできません。
計量化しにくく他者には成果が見えにくい仕事をどんなに頑張っても,いまのPDCAによる管理ではスルーです。
PDCA趣味者にとって,見やすい数字にならない仕事はやってないのと同じです。
数字だけで ”組織をうまく運営した” 気分になっているそんな人たちは,聞く耳をもたないのかもしれませんが・・・。
《ようやくデミング博士にたどりつきました》
人を大事にすること・・・デミング博士はそのことを,
◆深遠なる知識のシステム
◆マネジメントのための14のポイント(デミングの14ポイント)
などに遺しています。
デミング博士の遺稿の詳細については,
The W. Edwards Deming Institute
に著作権がありますので全文を引っ張ってくることはできませんが,幸いにして,そのサイトの
◆トップのメニューバーのなかの右から4つ目の ”Learn"
のなかで概要を知ることができます。
英文ですがGoogle翻訳の助けを借りれば十分理解できます。
《人を大事にすることがコアになっている ”深遠なる知識”》
先ほどご紹介した ”Learn” のプルダウンメニューの冒頭にある ”System of …” の部分が,日本語では
と呼ばれているものです。
まずはコチコチッと見てみてください。
”深遠なる” なんて言われると少し敷居が高い感じですが,平たく言えば ”上っ面ではなく深く掘り下げた知識” というようなことでしょうか。
ザックリ4つの項目に分割されています。
4つの項目は1つずつを独立させて理解することが可能なものではなく相互に関連させながら理解していく性質のものなので,システムという言葉がついているという位置づけのようです。
◆システムの理解(Google翻訳だと ”システムの感謝” になってます)
いままさに自分の目に見えている単一のプロセスは,それに絡み合う見えない他のいろんなプロセスとのあいだに相互作用を生じていることを理解し,それぞれに利益が生じるように模索するというような意味合いです。
単一のプロセスだけでなく,その製品を使い,サービスを受ける顧客,原料供給サイドなども含む総合的なシステムであることに対する配意に関することです。
確かに,システムの全体像を理解することと,自分のしている仕事への誇りには大きな関連があると感じます。
自分の仕事の本質的な役割,つまり大きなシステムのなかでどんな役目を担っているかがわからないままではやる気も出にくいでしょう。
◆バリエーションの知識(同じく ”変動の知識” )
なんでも単純化して理想的なモデルで検討するのではなく,万物万事が多様であることを知り,統計的に考える必要があるというような意味合いです。
これには製品の品質に関することだけでなく,組織を構成する人たちの性質や職能などに関することも含みます。
◆知識の理論
人は自分が正しい知識であると信じこんでいることに基づいて,どのように考えて行動するかを知ることの重要性を理解すべしというような意味合いです。
確かにやっかいです。
正しいと思い込んでいる知識が浅かったり狭かったりするだけで無根拠ではないだけに,その信念を覆してしまうような説得は反撃さえ生むことがありますので・・・。
ブレない一貫性も時には面倒な資質になってしまいます。
おともだちやせんせいのいうことをよくきく・・・なんて小学低学年みたいですが,実はこれも深遠なる知識スキルの一環だったんですね。
◆心理学
デミング博士の思想が ”働く人を大切にしている” ことを最もよく表している部分です。
人が組織にもたらす価値を最大にするという考えのもと,人の心理に関する理論を理解しておく必要があるという内容です。
なにかをやり遂げようという意欲は,失敗の恐怖よりも成功を想う気持ちが強いときに湧く(J.W.アトキンソン)と言われるところ,システムに失敗の恐怖を増幅するような破壊力を持たせてはいけないと説きます。
また,報酬や恐怖という外からの力によって何かをやる気になるという ”外発的動機づけ” ではなく,自分のなかから湧き出す意欲によってやる気になる ”内発的動機づけ” (E.L.デシ)が増すようなシステムを構築すべきだというのがこの項目のキモです。
《デミングの14ポイント》
僕がヤミクモなPDCA趣味者の言に翻弄され疲れていたころ,最初に出会ったのがこれでした。
この14ポイントの目的の概要について少し前のめりに勝手な解釈をするならば,
今だけでなく将来を見据える必要性のもと一貫性のある指針を提示することに加えて,西側自由主義経済圏諸国の経営者に対して情勢変化に対応するリーダーシップの発揮を求める
というようなことでしょうか。
最初の出会いのときはまだ,本家PDCAのデミングという人物(そのときはまだカタキだと思ってました)が言うPDCAの本質はここにあるのかぁとガードをグッと上げながら見てみたところ・・・。
最初は混乱,次に困惑,最後は納得,そして腹立ちというような感情が順に湧いた憶えがあります。
まずは,少し内容を見てくだされば,わかっていただけるものと思います。
14ポイントは先ほどご紹介した ”The W. Edwards Deming Institute” の
◆トップのメニューバーのなかの右から4つ目の ”Learn"
のプルダウンメニューの二つ目にある
◆”Dr. Deming's 14 Points for Management”
です。
これもGoogle翻訳で大意を掴むことができます。
《14ポイントは ”成果至上主義” に対する強烈な批判だった》
PDCA趣味者は ”数値目標を明示する” ことが最も大事なことのように言います。
そうですね,まちがいないですよね,ここにどなたも異論ありませんよね。
まるで手品師が最終確認をする手順のようでしたか。
ここから痛烈などんでん返しが始まります。
さて,まずは14ポイントのうちの ”10項目” と,それに付属する1と2をそれぞれご覧ください。
10 項目には,
”欠陥をゼロに” や新たなレベルの生産性を従業者に求めるようなスローガン,激励,労働目標を排除せよ。
そのような激励は敵対関係を生み出すだけだ。
低品質と低生産性の原因の大部分はシステムのせいであって従業者の力を超えたものだ。
1 製造現場での作業基準のたぐい(ノルマ)を排除せよ。リーダーシップで代えるのだ。
2 目的による管理を排除せよ。数字のたぐい,数値目標のたぐいによる管理を排除せよ。リーダーシップで代えるのだ。
というようなことが書いてあります。
◆”数値目標のたぐいを排除せよ!” ・・・ですぜ。
僕は最初にこの14ポイントを見たときにとても混乱しました。
元祖PDCA(そのときはまだそういう認識で・・・)のデミングさんがそんなことを言うわけないだろと思いました。
訳がまちがってる?と困惑もしましたが,それぞれの文章と全体のトーンはバッチリ整合しますし・・・。
その後,徐々に読み進めるにつれ,ものすごく腑に落ちる言葉が続いていきます。
僕のなかで猛スピードで知識の ”内在化” が進んでいく感じ。
本当に頭のなかで鐘が鳴るような意識の変化を体感しました。
その次の感情として,いままでPDCA旗振り一派の人たちに小突かれてきたことへに対する腹立ちがフツフツと湧いてくるとともに,
ハッハーン,さてはヤツらこれを読んでないなぁ・・・
と確信しました。
相手の浅さを知ることで余裕が生れました。
敵のレベルがその程度ならば,それに応じてこちらも戦術を選択することができます。
孫子の ”敵を知り己を知らば・・・” の実践です。
《14ポイントでは,ほかにも・・・》
◆全員が組織のために効果的に働けるよう ”恐れ” を取り除け(8項目)
■ 疲れてるんだね。失敗1回ごとに片道切符で長期旅行させてあげようか・・・というような
◆時間労働者が職能を誇る権利を妨げる障壁を除去せよ。管理者たちの責務は単なる数字ではなく品質へと変化しなければならない。(11項目)
◆管理者や技術者が職能を誇る権利を妨げる障壁を除去せよ。これはとりわけ年次評価や勤務評定,目的による管理の撤廃を意味する。(12項目)
■ いずれも ”職業的自尊心” といわれる部分に言及したものです。
■ 組織の安全風土の向上にも職業的自尊心の有無は大きく影響すると言います。
■ 勤務評定の撤廃・・・うーん過激でさえありますね。シビレます。
などなど,ぐっとくる内容が続きます。
最後の項目では ”変革はみんなの仕事だよ” と締めます。
つまり,システムを構築しようとする側も従業員側も意識を変革して全員で取り組まないと生き残っていけませんよと言っています。
ここまでご覧になったように,デミング博士は数字や掛け声というような空虚なもので人を動かすことはできないのだと言っていることがわかりました。
成果至上主義では人心は離れていく一方であり,これから将来の経済の変化には耐えられないことをちゃんと理解しろと言っています。
《まとめ:PDCA趣味者への対処》
ここまで調べてみたとおり,”PDCAの旋回に数値目標は必須” と主張する人たちに欺瞞があることも分かりました。
ただ,先ほどデミング博士も言及していたように,生半可で浅い知識であったとしてもそれに基づいて一貫性を持ってしまった人たちを改心させるのは相当に困難です。
また,こんなゴリ押しを主導できるグループは組織内において相当に強い権力を持っていることでしょう。
ただ,弱点はあります。
権力者は往々にして権威主義的です。
彼らは比較的 ”自分よりも権威を持つものに弱い” という傾向がありそうです。
そこで,PDCAに良く似た語感の,でもPDCAとは別のスンバラスイ枠組みにすり替える努力をしてみることは無駄でないと思います。
”米国伝来の知見” で,”米空軍パイロットだった人が自身の実戦経験や東洋西洋の戦略思想などを研究したうえで考案”し,”米海兵隊がそのコンセプトを取り入れたことがある” という権威主義者の好きそうなワードが散りばめられた
◆OODAループ
です。
これを代替案として定着させていくというのも,手法の一つとして提唱したいところです。
急にどこの馬の骨かわからん奴が言い出した新説に飛びつくような間抜けは少ないでしょうから,徐々に地盤固めをしていく必要があるでしょう。
初期型の人たちの定年退場を待つくらいの余裕は必要かもしれません。
これを紹介するサイトもネット上に存在しています。
OODAがPDCAよりも意思決定のスピードが速いというような利点もさることながら,OODAループの内容をよく見ると,他者との知識や意識の共有というようなことを促進することも推奨されているようで,
◆チームで任務を遂行するに際して目的意識や暗黙知というようなところを共有しておく
ということがキモであるようです。
そういう点において,デミング博士の理念とも合致すると感じました。
”殷鑑遠からず” です。
なお,少し残念なお知らせなのですが・・・
ネットや書籍などでは一昨年あたりからOODAループに関する知識の紹介が増えてきており,「PDCAは古い,これからはOODAだ」 などといいますが,すでに米軍ではNCW(ネットワーク中心の戦い/Network-Centric Warfare)に移行しているとのことです。
少なくとも軍事面での意思決定に際しては,OODAも古くなって遅いそうです。
米軍がNCWをコンセプトとして採用していることもすでに旧聞に属しますので,いまならさらに新しい意思決定・問題解決のための枠組み概念が生じている可能性もあります。
NCWも将軍から兵卒に至るまで共通の作戦方針を共有したうえで戦闘に臨むことや権限の委譲が条件になっているようですので,こちらもデミング博士の理念との共通性はあります。
”軍隊は上意下達の指揮命令系統” というようなステレオタイプはいまどき通用しない模様です。
トップダウンばかりで,ボトムアップやミドルアップダウンというようなことができない組織は強くなれないということなのでしょう。
長きに亘ってPDCA趣味者の批判と代替案の提示におつきあいくださった方に感謝いたします。
次回以降で,OODAループについて調べたところもご紹介したいと思っています。